資料2
 
は、社会の大きなで きごとを、あらわしています。


1868
(明治元(がん)
新しい政治(せいじ)が始まった。(明治維新(めいじいしん))
  1869
(明治 2)
観音崎灯台(かんのんざきとうだい)(わが国最初(さいしょ)の西洋式灯台(せいようしきとうだい))に火がはいった。
  1884
(明治17)
横須賀に海軍(かいぐん)が置かれた。
  1889
(明治22)
国鉄(こくてつ)横須賀線(せん)(横須賀―大船間(おおふなかん))がしかれた。
  1907
(明治40)
横須賀が市になった。(当時の人口は、62,876人)
  1908
(明治41)
水道がひかれた。(市営走水(しえいはしりみず)水道)

1923
(大正12)
大きな地震(じしん)で家がたくさんつぶれた。(関東大震災(かんとうだいしんさい))
  1925
(大正14)
横須賀線(せん)で電気機関車(でんききかんしゃ)が使われ始めた。

  1930
(昭和 5)
湘南電車(しょうなんでんしゃ)(浦賀(うらが)―黄金町間(こがねちょうかん))がしかれた。
  1933
(昭和 8)
衣笠(きぬかさ)村・田浦町(たうらまち)が市に合併(がっぺい)した。
  1937
(昭和12)
久里浜(くりはま)村が市に合併(がっぺい)した。
1941
(昭和16)
太平洋戦争(たいへいようせんそう)が始まった。
  1942
(昭和17)
京浜電鉄久里浜線(けいひんでんてつくりはません)が開通(かいつう)した。
  1943
(昭和18)
浦賀(うらが)・北下浦(きたしたうら)・長井(ながい)・武山(たけやま)・大楠(おおぐす)・逗子(ずし)が市に合併(がっぺい)した。
  1944
(昭和19)
国鉄久里浜線(こくてつくりはません)が開通(かいつう)した。
1945
(昭和20)
太平洋戦争(たいへいようせんそう)がおわり、連合軍(れんごうぐん)(おもにアメリカ軍(ぐん))がきた。
1950
(昭和25)
朝鮮戦争(ちょうせんせんそう)が始まる。逗子(ずし)が横須賀よりはなれ逗子町となり、やがて逗子市へとかわる。
  1952
(昭和27)
海上自衛隊(かいじょうじえいたい)が置(お)かれた。
  1962
(昭和37)
アメリカのコーパス・クリスティ市と姉妹(しまい)市となった。
  1970
(昭和45)
深田台に新しい博物館(はくぶつかん)ができた。(自然(しぜん)博物館)
フランスのブレスト市と姉妹(しまい)市となった。
  1971
(昭和46)
根岸(ねぎし)町に交通(こうつう)公園ができた。
  1974
(昭和49)
若松(わかまつ)町に児童図書館(じどうとしょかん)ができた。
  1975
(昭和50)
横須賀新港(しんこう)ができた。
  1976
(昭和51)
市の木(オオシマザクラ)・市の花(ハマユウ)がきまった。
  1978
(昭和53)
不入斗総合運動(いりやまずそうごううんどう)公園ができた。(総合体育館完成)
  1979
(昭和54)
オーストラリアのフリマントル市と姉妹(しまい)市となった。
  1982
(昭和57)
イギリスのジリンガム市と姉妹(しまい)市になった。
  1984
(昭和57)
横浜横須賀道路(どうろ)が開通(かいつう)した。

  1989
(平成 元)
核兵器廃絶(かくへいきはいぜつ)・平和都市宣言(へいわとしせんげん)をする。
  1990
(平成 2)
横浜横須賀道路(どうろ)の佐原(さはら)インターが開通(かいつう)した。
  1992
(平成 4)
本町山中有料道路(ほんちょうやまなかゆうりょうどうろ)が開通(かいつう)した。
  1994
(平成 6)
湘南国際村が開村した。
  1997
(平成 9)
サブアリーナ完成 横須賀アリーナに生まれかわる。
横須賀リサーチパークができた。
  1998
(平成10)
神奈川ゆめ国体(横須賀では柔道・バスケットボール・軟式野球・スポーツ芸術)が開かれた。
  1999
(平成11)
環境ISO14001の認証を取得する。
  2000
(平成12)
平成13年度から中核市になることが決まりました。

まん中にヨコスカの「ヨコ」の字(じ)を組みあわせ、それにむかし三浦半島をおさ めていた三浦氏のしるし「丸(まる)に三つ引き」をあわせ、まわりは、ヨコスカに 港(みなと)があることから、船のらしんばんをあらわしています。