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「期待される学校の包容力」
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◆不登校は文字通り「学校へ行かなくなる」状態のことですから、とかく、学校に不登校の原因の大部分があるように思われがちです。しかし、よく考えてみると、家庭内や地域社会で子ども集団が群れて遊ぶことの少なくなった現代においては、子どもにとって、学校こそが唯一の社会集団になっています。当然、それぞれの子どもが抱える問題が色々な形で表れ、相互に影響し合い、ストレスが限界に達して集団不適応を起こす子どもが出てくるわけです。
◆それではどのようにしたら、学校は、子どもたちにとって、安全感のある快適な学びの場になるのでしょうか。その答えは一通りではなく、多くの方策を同時に行っていくことで改善できるような重い教育課題ですが、一つの方向性として、これからの学校は、今まで以上に、教育活動を通じて「生きるための技術」を学ばせる場を多く提供しなければならないのではないかと考えます。「生きるための技術」とは、「しつけ」「社会的なマナー」「対人関係能力」「耐性」「協調性」「親和性」などを総合的に含み、人が人と関わって生きていく上で必要な能力のことです。もちろん、こうした技術・能力を遺憾なく発揮するためには、他者や自分自身を尊重する「人権感覚」「自己肯定感」といった精神的な豊かさも必要になってきます。
◆「家庭で基本的なしつけがきちんと成されていない。子どもたちに耐える力が不足している。」という話を、先生方からも保護者の方からもよく聞きます。多分それは事実なのでしょうが、家庭の教育力低下を嘆いたところで、子どもは変わりません。大切なのは、だからこそ学校は何をすべきか、という発想です。一人一人みんな違う子どもたちを大きく暖かく包み込み、足りない物は補い、資質は大きく伸ばし、集団生活の中でたくましく成長させる、そんな包容力のある学校が求められています。学校復帰を目指し、不登校の子どもたちに様々な支援を行うことも大切ですが、学校自体が子どもを引きつけ抱え込む、魅力的な学びの場であることが最も大切なのだと思います。
(指導主事:下川紀子)
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◆なぜ、不登校は増え続けるのか― 。この問いに、本市で不登校症例の相談や心理治療に、長年携わって来られた横須賀共済病院の田中真樹子先生は、次のように答えました。
「今の家庭、学校、社会には安全感が不足しています。子どもたちは生活の中で様々なストレスにさらされ、他者に対して攻撃的になったり、あるいは過剰適応したりして、疲れ果てているのです。」「学校はまさにそんな子どもたちの集合体。精神的な安全感が希薄なのです。」
ここでいう安全感とは、自分の属する集団の中において守られているという感覚、在るがままの自然体の自分が受け入れられているという感覚のことを指しています。 ◆本来は、家族や仲間と一緒にいると心が安らぐものですが、他者との関係によって傷つくことが繰り返されると、拒否反応として唯一安全な自分の殻に閉じこもるようになるのです。不登校にも、非行傾向の顕著なものや病気との区別が難しいものなど、様々なタイプがありますが、不登校の中でも多くの割合を占める「不安など情緒混乱型」は、まさにこのようにして発症する集団不適応状態です。
◆ある不登校女子生徒は、かつての学校生活を振り返り、自嘲を込めて「演劇学校」と言っていました。その生徒によれば「いつも周囲の目を気にし、言葉遣いや態度に神経をとがらせ、平常の自分よりもテンションを上げて学校生活を送らなければならなかった。特に女子グループの中では、いつも明るくみんなから好かれるように親切にふるまう事が必要だった。」ということです。無理な演技をし続けて疲れ果ててしまったその生徒は、不登校になるまでは常に成績が良く、クラスのリーダー的な存在でした。不登校になってしばらくはそうなった自分を許せずに責めたて、家族に当たり散らし、ずいぶんつらい思いをしてきました。
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